海外で活躍する起業家たち!インタビュー    ボリビア編

島袋正克

島袋 正克

2008、2009年はサンタクルス中央日本人会会長。2008年~2011年まではボリビア日系連合協会理事。2009~現在は日本ボリビア商工会議所会頭です。 また、ボリビア社会関連ですと、現在サンタクルス貿易協会理事です。仕事以外では、趣味なら小説や詩の執筆と旅。年齢59歳になったばかり。美人の妻あり、子供4人。 夢は芥川賞受賞。スペイン語は特技ではなく、商売道具。

Q1: 現在、どんなビジネスをされていますか?

「ボリビアです」と云うと、だいたい「どこ?」という質問が返ってくる。ボリビアは南米のブラジルとペルーに挟まれた海の無い国で、 ISHIMA S.R.L(株式会社 伊島)は日本や欧州向けの黒糖と紅塩(ローズ・ソルト)などを生産輸出しています。

海を持たない国と云うと、輸出には不都合だと想像するでしょうが、基本的にはフレート・コストはディスタンスであって国境ではないので問題ない。

Q2: 起業したきっかけは何だったのでしょうか?

18年前の朝、広げた新聞の片隅に「沖縄県の製糖工場、原料不足で赤字」という記事を見つけた。当時、沖縄の那覇市で小さな貿易会社を経営していた私は、新聞を畳んで、面識のあった沖縄県北部にある製糖工場の社長に面会を申し入れました。 用件は「原料のサトウキビを輸入しては?」という商談だった。しかし、話を聞いた社長は一笑に付した「島袋君、サトウキビは刈り取るとすぐに酸化する。輸入なんて不可能だ」という理由からだった。 しつこい性格の私は「それならジュースで輸入したらどうでしょうか?」とさらに提案すると、「酸化が早くなるだけだ」と、煩そうな返答を頂いた。

先に述べたように、しつこい性格は琉球大学の砂糖専門の教授を探し出して「砂糖の原料は輸入できないのですか」という質問をぶつけると「糖度75度まで濃縮すれば酸化しない」という返答を頂いた。 勇んで製糖工場の社長に再度面会を申し込み、聞きかじってきた情報を話すと「君、輸入原料には補助金が付かない」と、今度は苦々しい返答を頂いた。 それが沖縄の現状で、企業の本音だと思うと、この美しい小さな島で仕事をすることが嫌になった。

偶然というのは、意図しないことから起こる。その砂糖原料の件を聞きまわっていた私に「黒糖を輸入してくれ」という商談が舞い込んだ。 そして、黒糖輸入を試みたが、該当商品が無く。話せば長くなるので端折ってしまうが、黒糖というものを製造する羽目になり、ボリビアに会社を設立した。

Q3: なぜ、ボリビアで起業しようと思ったのですか?また、なぜ、そのビジネスを始めようと思ったのでしょうか?

消却法としか説明ができない。当初は日本に近い中国や東南アジアから輸入を計画したが、すでに日本の商社が買い付けており、弱小貿易会社が参入する余地はなかった。 それでは南米最大の国、ブラジルからと思ったが、93年当時のブラジルはまだハイパーインフレの中でもがいており、レアル・プランという固定為替相場制度を導入した頃だった。 そして、その為替制度は輸出に不都合であった。それならペルーに行こうと、太平洋沿岸の日系大統領が誕生したばかりの国に目的地を変更したが、ペルーは当時、 センデーロ・ルミノーソ(輝ける道)というテロが国中で横行している時代で、その年、JICAの日本人ボランティアもその犠牲になるなど治安が悪く、その国も後にしました。

それからコロンビア、そして中米のコスタリカにも行き、最終的には、選択に迷いながらも沖縄県人の戦後移住者が多いなら黒糖ぐらい作ってくれるだろうという安易な判断でボリビアを選んだ。

Q4: 最初の起業資金はいくら必要だったでしょう?

資本金15万ドルで設立。

Q5: ボリビアの起業環境について教えてください。

94年当時は、税金も安く(消費税以外)、為替管理が緩やかで、ドルが強く、通貨自体もドル化した国でしたので、輸出に向いていました。 ボリビア国民は日本人に好意的で、多様な人種が存在する国(多民族国家)ですが、白人でも日本人(黄色人種)に対する差別がありません。

また、南米の国々は、第二次世界大戦の影響が少ない大陸で、欧米、アジア、アフリカが戦争に明け暮れている頃も平和で、 それどころかアルゼンチンなどは、疲弊した欧米に穀物、食肉を供給して大いに繁栄したほどです。戦争に直接関与しなかったということから 日本に対する戦犯的な悪印象を持たず、戦後の経済大国日本のイメージが先行しています。それはボリビアも同様です。

黒糖生産だけに絞ってみると、ボリビアは原料のサトウキビや人件費が安く、電力や水も豊富であり、燃料費はガソリンでUS$. 0.34/ℓと安く、 他国と十分に競争しうる環境であった。しかし、6年前に先住民系のエボ・モラレス大統領が誕生すると、経済環境はガラッと変わる。 同大統領は反米、社会主義を唱え、外国企業の国有化、土地の所有限度、ドル通貨の締出し等々、経済活動を麻痺させるような政策を次々と法令化した。

また、日本との関係は良好を保っているが、欧米との通商は困難になり、地下資源以外の輸出はマイナス成長に陥っている。 そのほか、麻薬関連のアンダーマネーが大量に出回り、不思議な景気高揚感に包まれている。現時点のボリビアは、南米ではベネズエラに次ぐ最悪な起業環境だといえる。

Q6: ボリビアでビジネスを行う際に困ったことは何でしょうか?また、起業する際の注意点は?

困るのは政治。現政権は朝令暮改を繰り返し、支持率の高かったモラレス大統領も道路封鎖など市民の抗議運動に遭い政策は袋小路に迷い込み、国は賄賂で汚染されている。 この国は潔癖な性格の者には不向きとしか言いようがなく、賄賂もひとつのルールだという考え方で解決するしかない。また、諸手続きは、会社登記から、個人の居住権申請、 運転免許証に至るまで、全て複雑で時間がかかり、膨大な書類を提出する必要がある。

注意点は、納税番号制度が導入されているが、その番号制度は申告簡素化のためではなく、税徴収を安易にするためであり、 税金は仔細に至るまでよく注意して申告しなければ、難癖をつけられ法外な追徴金を要求される。

また、政治に関わらないことです。国土は日本の三倍ですが、政治経済的には小さな国ですので、政府中枢に安易に近づけます。 それを利点と思って近寄ると失敗します。政権は左右に揺れますので距離を保つことです。

Q7: 起業してよかったと思うことは何ですか?

日本にない活力を得たことでしょうか。大げさに言えば西部劇の中に飛び込んだようなもので、日本ではありえない世界で生きている。 私という個人や会社が行っていることが多少とはいえ、この国に影響を与えているという実感がある。

云い過ぎかもしれませんが、日本は腑抜けになっている。若者には小さな野心はあっても、他人を踏み台にしてでも這い上がろうという大きな野心がない。 それが日本人の美徳だというが、美徳という自己評価こそ、残念なことに腑抜けだと云わなければならない。そこから抜け出た自分の人生、起業は正しかったと評価する。

Q8: もし、今のビジネス以外に新たにボリビアでビジネスをするとしたら、どんなことをしたいですか?

豊富な資金力があれば、農業か流通。また人口増加が激しいので不動産業も有望。資金が少なければ飲食業でしょうか。日本人は良い味覚を持っている。しかし和食は流行に左右されるので、地元料理を研究し、さらに旨い料理を出せば繁盛するでしょう。

Q9: 最後に、これから起業しようと思う人たちへのメッセージをお願いします。

「夢」は最大限の可能性だと思うことです。夢の実現は、簡単ではないが最大限の努力があれば実現するものと信じること。この頃、夢は「夢みたい」とか 「夢みたいな話をするな」などマイナス的な言葉として使われている。夢が叶えられないものだとしたら、これほど哀しい言葉はない。

ボリビア

ボリビア風景

ボリビア風景

ボリビア風景

チェ・ゲバラ

家族

家族

ボリビア情報

首都:ラパス
言語:スペイン語、ケチュア語
人口:986万人
GDP:434億ドル
一人当たりGDP:4,330ドル
※2008年データ


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